新しいことをやろうとすると、
「それってもう誰かやってない?」
「どこかで見たことある気がする」
と感じることがある。
アイデアがないわけじゃない。
ただ、無意識のうちに 既存のルールの中で比べてしまっている だけなのかもしれない。
新しいコンテンツを考えていて、ふと思ったこと
新しいコンテンツを何か作れないかな、と考えていた。
でも、いくつか案を出してみると、
「これ、どこかで見たことあるな」
「既存の何かとかぶっている気がするな」
そんな感覚がどうしても拭えなかった。
考えれば考えるほど、
すでにある価値観や評価軸の中で
自分のアイデアを測っていることに気づいた。
ふと思い出した、お笑いコンビの会話
そんなときに思い出したのが、
M-1グランプリにも出ていた、あるお笑いコンビの話だ。
そのコンビは、
ボケの人がとにかく めちゃくちゃなボケを連発する スタイルだった。
普通に見れば、
何を言っているのかわからない
「ただの変な人」になってしまいそうなレベル。
でも、そのコンビはこう考えたらしい。
「この人は“変な人”という設定にしてしまえばいい」
そうやって、
先にキャラクターとしての前提(ルール)を置いた。
つまり、「何をするか」よりも先に、
「どういう世界観なのか」を決めたことで、
どんな突拍子もない発言でも成立する土台を作った。
ルールは、守るものではなく作るものかもしれない
この話を思い出したとき、
「あ、これってコンテンツ作りにも同じことが言えるな」と思った。
多くの場合、私たちは無意識に、
- これは普通こうあるべき
- これは評価されない
- これはズレている
といった 既存のルール を前提にしてしまう。
でも、
- 「これはこういう世界観です」
- 「この人はこういう立ち位置です」
- 「このブログはこういう前提で書いています」
と、自分でルールを決めてしまえば、
その中ではかなり自由に発想できる。
雑記ブログも、実は同じ構造をしている
雑記ブログはよく言われる。
- テーマが散らかる
- 専門性がない
- 何のサイトかわからない
でも実際は、
「これは、思考と実体験をそのまま書くブログです」
と最初から前提を置いてしまえば、
それ自体が一つの世界観になる。
お笑いコンビが
「変な人」という設定で世界を成立させたように、
ブログも 設定次第で成立する。
新しい価値観は、あとから評価される
新しい価値観というのは、
最初から「正しい」と思われることは少ない。
むしろ最初は、
- よくわからない
- 変わっている
- 何を目指しているのかわからない
と思われることのほうが多い。
それでも、
自分で決めたルールを続けていくと、
あとから「そういうもの」として受け入れられる。
価値観が先にあって、
評価はあとからついてくる。
だから、先にルールを作ってしまえばいい
新しいことをやろうとして
「これはアリかナシか」で悩むくらいなら、
先にこう決めてしまっていいのかもしれない。
これは、こういう前提の世界です。
そう決めた瞬間、
その中ではかなり自由になれる。
少なくとも、
「どこかとかぶっている気がする」という悩みからは、
一歩外に出られる気がしている。
まとめ:ルールを守る側から、作る側へ
もし何か新しいことを始めたいのに、
なかなか動けずにいるなら、
- 評価されるかどうか
- 正しいかどうか
を考える前に、
「これはこういう前提でやります」
と、自分の中でルールを決めてしまうというのはありだなと感じた。
ルールを守ろうとするより、
ルールを作る側に回ったほうが、
発想はずっと自由になる。


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